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大阪地方裁判所 平成2年(ワ)5771号 判決 1992年2月26日

原告 永井健友

被告 株式会社明野住宅

主文

一  被告は、原告に対し、金六九万三〇〇〇円及びこれに対する平成二年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担としてその余を被告の負担とする。

三  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、金一二〇万円及びこれに対する平成二年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行の宣言

第二事実及び争点

一  事案の概要

1  被告は、建築施工、宅地造成分譲販売等を目的とする会社である。

原告は、平成元年三月一八日被告に入社し、営業担当社員として、不動産の販売、売買の仲介等の職務に従事した(当事者間に争いがない)。

2  原告の給与は、採用面接の際の原告の申し出により、他の社員と異なり歩合給となった(原告及び被告代表者各本人)。

なお、原告は、平成元年三月分(三日間)、同年四月分、同年五月分については、右歩合給のほかに、固定給として月額金二四万円の割合による給与の支払を受けた(乙五の一ないし三)。

3  (1) 被告の給与支払方法は、毎月二〇日締めの二五日払いであった(原告及び被告代表者各本人)。

(2) <1> 原告は、訴外吉田工務店を売主、訴外小林浩を買主として平成元年三月二七日成立した高槻市清福寺町八二八番一三所在の土地付建物の売買契約を仲介した(乙一の一、原告本人)。

<2> 被告は、平成元年四月二〇日右仲介手数料金一〇〇万円(売主及び買主各金五〇万円)の支払を受けた(乙一の三)。

<3> 原告は、平成元年四月分の歩合給として右仲介の報酬金三〇万円を得た(乙五の二、原告本人)。

(3) <1> 原告は、訴外野村徳七を売主、訴外柳田勝信及び同柳田多美江を買主として平成元年四月一七日成立した高槻市高西町八五一番の七所在の土地付建物の売買契約を仲介した(乙二の二、原告本人)。

<2> 被告は、平成元年五月一九日右柳田から仲介手数料金一三三万五〇〇〇円及び同年六月七日株式会社建商ハウジングから金二〇万円の支払を受けた(乙二の一、三)。

<3> 原告は、平成元年六月分の歩合給として右仲介の報酬金四六万〇五〇〇円を得た(乙五の四)。

なお、原告は、右金員のうち金三〇万円については、同年五月末に前払金として受け取っていた(乙五の四、原告本人)。

4  (1) <1> 原告は、被告の社員として、平成元年五月二四日、注文主を訴外木下圭亮、請負人を被告とする建築請負契約を締結させた(以下、本件第一契約という~乙三の二、原告本人)。

<2> 右契約では、請負代金総額は金一一二〇万円、その支払方法は、契約成立時に金五〇万円、平成元年八月末日に金四六〇万円、完成引渡時である同年一〇月末日に金六一〇万円と定められ(乙三の二)、実際には同年五月二四日に金五〇万円、同年一一月二八日に金一〇七〇万円が支払われた(乙三の三)。

(2) <1> 原告は、同じく、平成元年六月三日、注文主を訴外大橋健男、請負人を被告とする建築請負契約を締結させた(以下、本件第二契約という~乙四の二、原告本人)。

<2> 右契約では、請負代金総額は金一三三一万六〇〇〇円、その支払方法は、契約成立時に金一〇〇万円、平成元年八月の上棟時に金四〇〇万円、同年一〇月の完成引渡時に金八三一万六〇〇〇円と定められ(乙四の二)、実際には、同年六月三日に金一〇〇万円、同年八月二四日に金四〇〇万円、同年一一月一七日に金八一二万円が支払われた(乙四の三)。

5  原告は、平成元年六月二〇日ころ、上司である石井敏夫(以下、訴外石井という。)に対し「不動産鑑定士の資格試験を受験するため一ケ月間程度の休暇が欲しい」と申し出たが承認されず、続いて同月二三日ころ被告代表者西山正巳(以下、代表者西山という。)に同趣旨の申入れをし、許可されなかったのでそのまま退職した(被告代表者本人)。

二  争点

原告は、本件一及び二の契約(以下、一括するときは、本件各契約という。)を締結させたことに基づき歩合給請求権を取得するか。右歩合給の額はいくらか。

(原告の主張)

1 (1) 原、被告間で合意したと解し得る歩合給の対価たる労務とは、本件各契約のごとく請負契約の成立により発生するものについては、契約を成立させることのみである。原告は、本件各契約を成立させることにより右労務を完遂しているのであるから、歩合給請求権はその時点で発生し(支払期は、本件一契約については平成元年五月二五日、同二契約については同年六月二五日)、その後被告の社員たる地位を喪失しても右請求権に消長を来たさない。

(2) 仮に、右労務として、契約の成立のほか、ローンの設定あるいは物件の引渡等の付随的業務が含まれていたとしても、原告はこのうちのほとんど全てを履行しているのであるから、労務はすべて履行済みと評価すべきである。したがって、歩合給請求権はその全額につき遅くとも原告が休暇を申し出た平成元年六月二〇日までには発生し(支払期は、同月二五日)ている。

2 本件各契約において、原告が得る歩合給の基礎となる被告の収益とは、建築請負代金から被告が当該建築に要した費用を差し引いた額である。

本件各契約により、被告が得た収益はいずれも金二〇〇万円である。

3 よって、原告は、被告に対し、歩合給として金一二〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成二年八月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

1 本件各契約に基づき発生する歩合給は、被告が得る収益を基礎に算定されるものであるから被告が現実にそれを得るまで具体額は確定しない。また、歩合給の対価たる労務とは、建物の完成、引渡とこれによる請負代金の受領まで継続するものである。したがって、歩合給請求権は、従業員が右労務を完遂し、被告が右労務の結果として顧客から現実に代金等の支払をうけ、その収益が確定するまで未発生である。

本件では、右歩合給請求権が生じた時点(本件一契約については平成元年一一月二八日、同二契約については同年一一月一七日)で、原、被告間の雇用契約はすでに終了している(本件雇用契約は平成元年六月二三日ころ終了した)のであるから、原告が右請求権を取得するいわれはない。

2 仮に、歩合給請求権が収益の確定を待たずに発生するとしても、

(1) 本件歩合給は、単に月々発生する給与の算定方法にすぎないのであるから、原告が、本件各契約を成立させるうえで費やした労務提供に対する対価たる賃金は、他の労務とともに評価され平成元年六月分の給与として支払済みである。

(2) 原告は、本件各契約のような建築請負契約の締結については、建築の知識、経験がなかったことから、すべて上司である訴外石井の指示の下に行動していた。したがって、原告が本件各契約の成立に果たした役割は全く形式的なものに過ぎない。また、建築請負契約においては、被告の営業社員が契約締結後に果たすべき役割は重大であり、原告は、右業務を全く行うことなく退職した。

したがって、本件においては、割合的にも歩合給請求権は発生しないし、仮に、それが発生するとしても、その割合は極めて小さいものというべきである。

3 本件各契約に基づき被告の収益が確定した際に支払われるべき歩合給の額は、原告の同意の下に、本件一契約については、平成元年五月二五日金四五万円と、同二契約については、平成元年六月三日金五四万円と確定された。

第三争点に対する判断

一  歩合給請求権の発生について

1  原、被告間で、本件各契約のような建築請負契約を成立させたことに基づく歩合給が、いつ、いかなる労務の対価として発生するかにつき、具体的な合意がなされたと認めるに足りる証拠はない。

もっとも、第二の一3(1)及び(2)で認定した事実によると、不動産の仲介により発生する歩合給については、被告が当該契約から現実に収益の全額を得た以後に支払われていることが認められる。しかし、これとて、歩合給の支払時期が全収益が確定した後に到来する取り決めがあったことを窺わせるものに過ぎず、歩合給請求権の発生時期につき合意があったことまでをも示すものではない。

2  そこで、これにつき考える。

(1) 本件各契約のような建物請負契約を斡旋したことによる歩合給(以下、請負型歩合給という。)の場合には、その具体額は被告が請負代金の全額を受領し収益が確定しない限り決定されないこと(当事者間に争いがない)、契約の成立から建物の完成、引渡までに数ケ月を要し、細かい設計変更あるいは追加工事があることも稀ではなく、その間、被告の営業社員は、元請け側の責任者として注文主の意志の実際の工事担当業者への伝達、建築確認等の役所関係の処理、工事施工についての近隣対策、建物引渡への立会等の業務を行っていたと認められる(乙六、七、被告代表者本人)ことからすると、歩合給の対価たる労務とは、請負契約の成立を斡旋することにとどまらず、建物の完成、引渡とこれによる請負代金の受領まで継続するものとして予定されていたと認めるのが相当である。

したがって、請負契約の成立を斡旋することのみが対価たる労務であるとの原告の主張(1(1))は採用できない。

(2) ところで、被告は、その主張1において、請負型歩合給の対価たる労務が(1)で説示したものであることを理由に、本件各契約に基づく歩合給は、原告が右労務を完遂し、その結果として被告が現実に収益を得るまで発生しないという。

しかし、歩合給は、請負契約に基づく報酬ではなく、あくまで雇用契約に基づき労務の対価として発生する賃金である(原、被告間の契約が雇用契約であることは、被告代表者本人により認められる原告の勤務実態、担当業務の決定方法等により認定できる。)こと、公平の観点から考えても、使用者は、ある従業員が労務提供の途中で退社し、以後の労務提供が不可能となった後においても、他の従業員をしてこれを続行させることにより退社した従業員の残した労務の提供の成果を利用し得ると考えられ、殊に本件では、原告は、被告の収益のもととなる請負契約の締結自体は自らの手で完成していたのであり(前記第二の一4(1)及び(2))、被告は、原告が退社するまでに提供した労務を現実の成果として利用できたのに反し、原告は平成元年六月分からは歩合給のみで外に固定給等は支給されないことになっていた(乙五の一ないし四、原告本人)から、退社時には歩合給が全く発生していないとの解釈を取ると、右提供済みの労務に対する対価を全く得られない結果となることからすると、歩合給は、当事者間に格別の合意がない限り、原則として、顧客を発見することから始まり請負代金を受領することにより完了する従業員の労務提供の都度、使用者が歩合給の発生の基礎となる収益を得なかったことを解除条件として、発生しているものと解するのが相当である。したがって、被告が現実の収益を得たことが認められる(前記第二の一4(1)及び(2))本件においては、原告の歩合給請求権は、原告が退社する時点で、原告が退社までに提供した労務が、被告の収益が確定(請負代金の受領)するまでに費やされた全労務中に占める割合に応じて既に発生していたものというべきである。

したがって、被告の前記主張は採用できない。

(3) なお、被告の主張2(1)については、歩合給が原告の賃金中に占める割合がわずかである場合ならともかく、(2)で述べたとおり、原告が受ける賃金が歩合給のみであることからすると、本件各契約を成立させるうえで費やした労務に対する対価が平成元年六月分の給与として支払われたとはいえないことから、採用できない。

二  歩合給請求権の割合について

1  原告は、仮に歩合給の対価たる労務の中に契約の成立以外にローンの設定あるいは物件の引渡等の付随的業務が含まれているとしても、原告は、これをすべて履行済みと評価できると主張する(原告の主張1(2))。

しかし、歩合給の対価たる労務が右にとどまらないことは、前記一2(1)で認定したとおりであるので、右主張は採用できない。

2  被告は、原告が建築の知識、経験がなかったことから、すべて上司である訴外石井の指示の下に行動していたことを根拠に、原告が本件各契約を成立させるうえで果たした役割は全く形式的なものに過ぎないと主張する(被告の主張2(2))。

確かに、原告本人によっても、原告は、不動産部門の経理の仕事をしていたこと以上に、建築の知識、経験を有していた訳ではないことが認められる。しかし、乙三及び四の各一、三、被告代表者本人によると、被告は、原告が未経験であることを承知のうえで、原告が、本件各契約に基づく請負代金を受領するまで労務を提供した場合には、歩合給の全額を支給する意図であったこと(右各号証には原告の取り分が一〇〇パーセントとの記載されている)が認められること、いかに建築について未経験とはいえ、不動産仲介の経験のある原告(原告本人)が請負契約の締結に果たした役割が全く形式的であったとは考えられないことからして、被告の右主張は採用できない。

3  そこで、割合につき考える。

乙六、七、被告代表者本人によると、原告が退社して以後、その上司である訴外石井が行った業務としては、設計事務所と施工図面等の打合せ、注文主と施工業者(明野工務店~被告代表者本人によると、同社は事実上被告の建築部門を担当する会社である。)との打合せの仲介、工事に伴う近隣対等、登記関係の処理、引渡への立会、注文主が建築資金を確保するための手助け等であったことが認められる。

しかし、右業務は、いずれも、本件各契約の成立に伴う付随的業務に過ぎず、しかも、このうちには、当初から原告の労務のみで賄われることが予定されていないものも含まれている(被告代表者本人によると、訴外石井は二級建築士の資格を有し、原告の業務を指導、補助する役割を担当していたことが認められる。)こと等の事情を判断すると、原告が本訴で請求できる歩合給の割合は七〇パーセントであるものと認めるのが相当である。

三  歩合給額について

原、被告間で、請負型歩合給の算定方法につき原告が主張するような具体的合意が成立したと認めるに足りる証拠はない。

また、この点につき、被告代表者本人は、請負型の場合には収益の八〇パーセントの額が基準とし、その三〇パーセントが歩合給となるのが業界の慣例であると供述するが、原告がこれに同意したことを認めるに足りる証拠はない。

しかし、乙三及び四の各一、三及び弁論の全趣旨によると、被告は、本件各契約が成立して後原告が退社するまでの間に、原告に対し、本件一契約についての歩合給を金四五万円と、本件二契約についての歩合給を金五四万円と決定していたことが認められる。

とすると、原告が全ての労務を完遂した後に受け取ることが予定されていた歩合給の総額は金九九万円であったと認めるの相当である。

したがって、原告が本訴で請求し得る歩合給の総額は、金九九万円の七〇パーセントに当たる金六九万三〇〇〇円となる。

第四結論

以上によると、原告の請求は、金六九万三〇〇〇円及びこれに対する弁済期の経過の後である平成二年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野々上友之)

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